映像制作/USTREAM・IP配信会社のジーマ代表が、徒然なるままに書き綴る とりとめもない出来事、映像、映画業界のお話 http://ji-ma.tv/ http://ji-ma.jp/


by imao001

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日立マクセルから、パナソニックの業務用カメラAG-HVX200やAG-HVX205で使用するメモリーカードP2カードの発売が発表されました。

これまでP2カードは国内ではパナソニックの純正しかなく、その値段に二の足を踏んでいる人も多かったように思いますが、このサードパーティーのP2カードの登場で値段もリーズナブルになりつつあると思いますし、ラインナップも増えると思う。さらに他社製で(ありえない?)P2カード搭載のカメラが出てきたりしたら、あの使いづらい本体も改善されたりしないだろうか?P2カードのバリエーションは16GB、32GB、64GBの3種類でやや物足りない気もしますが、純正品と記録時間も同じだし値段次第でP2にも大きな波が来るかもしれませんね。

ハードディスクにデータを直接取り込める、35mmレンズアダプターで被写体深度をあげたりできる、など機動性以外ならかなり使えるカメラだと思うので、これからVPなどの制作に使いたいですねぇ。

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日立マクセル ニュースリリース
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by imao001 | 2008-11-24 17:25 | お仕事:映像制作

映評:ざわざわ下北沢

東京・世田谷区の下北沢を舞台に、そこに生きる人々の日常を変わらぬ市川監督特有の暖かな目線でつづられたドラマ「ざわざわ下北沢」。下北沢のまさにごった煮的な雰囲気をそのままに、人々の暮らしや恋愛模様、様々なエピソードが、寓話のような物語と同居し、その街同様ざわざわ感を伴ってスクリーンに映し出される。

そもそもこの「ざわざわ下北沢」は、下北沢にある映画館「シネマ下北沢」の創立者らが映画化を企画し、下北沢を愛する市川監督をはじめとして、下北沢に思い入れのある俳優やタレント、スタッフが集結して出来た作品である。それゆえ作品には下北沢に対する愛情がいたるところに満ちあふれ、なにやら胎動めいた独特の感覚で下北沢で生きる人びとが活き活きと描かれている。豪華俳優のカメオ出演などもあいまって極彩色の群像劇として出来上がっている。

個人的には初めて東京に住み始めたのは下北沢近くの世田谷代田。演劇の勉強の為はるばる東京に出て来たからには、下北沢はもちろん生活圏内に入れていた。当時、遊びや買い物は専ら下北沢で済ませ、意味もなく下北沢をぶらぶらすることも多かった自分にとってはこの映画はノスタルジックにも感じるけれども、同時に今の下北沢を描いていてうれしかった。
先日、都の計画で下北沢を分断するかのように環状道路が走ると聞いて、それはもうひどく落胆したが(さすが役人、体温がまったく感じられない仕事っぷりです…)、計画が白紙に戻ることはもうないそうだ。
この映画のように下北沢という街に勇気づけられ、感動してきた人は数多くいると思う。市川監督が亡くなってしまった寂しさと同時に、下北沢という街が変わってしまう寂しさも同時に感じることになった映画だった。

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なんかフォークシンガー 加川良さんの『精一杯』が聞こえてくるような映画です。

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残念ながら閉館しました…
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by imao001 | 2008-11-21 21:53

映評:東京兄妹

CM監督として不動の地位を築いていたことは言うまでもなく、「BU・SU」で監督デビューして以降もその独特の作風でCM同様、映画の評価も高かった市川準。しかしその市川監督の独特の作風が注目され始めたのは中期の東京を強く意識し描写し始めた頃の作品だったのではないかなと思う。このあたりの作品は「小津安二郎監督へのオマージュ」とか「小津安二郎監督への傾倒」などと言う人もいる。確かに小津映画に対する慕情、憧れのようなものがみられるものの市川監督はそういった具体的な映像表現ではオマージュを捧げるつもりはなかっただろう。映像のスタイルにも作品によってはスタティックなカメラ、ズームしない、パンしないなど映像上の共通点も多かったが、市川監督は小津監督のように禁欲的なまでに映像美学を優先したわけではなく、演出意図として最適なカメラ位置、動き、画角というものを考え、その上で俳優陣が最大限の豊かな演技をしてくれることを望んだのが市川監督のスタイルではないかと思う。実際、作風も作品によって変わることも多かったし、いわゆるジャンル映画的なものにも意欲的に取り組んでいった。そういった意味でやはり小津監督を敬愛していたとしても、映像表現で小津監督にオマージュを捧げるといった直接的な表現は行わなかったのではないかと思う。

そこでこの「東京兄妹」である。

この映画、小津安二郎監督へのオマージュというような言われ方もされはするが、乱暴にいうならば冷奴へのオマージュである。もっとはっきり言うならば思春期の少女から大人へと脱皮してゆくその危うい年頃の女性への賛歌である。このあたりはなぜゆえそう断言するのかは実際に見ていただくしかないのだが、じっくり本編を見終わると冷奴と思春期の女性の相関関係がなるほどと分かっていただけると思う。さて、この年代の女性を撮らせたら、市川準 > 大林宣彦 > 今関あきよし の順で(個人の勝手な位置付けです)微妙な美しさを映画で表現している人だと思うし、ともすれば“ロリコン”とザクッと直接的に言われてしまうものだけれども、ある意味“美しいものは美しい”と、とにかくこの世代の美しさを映画で昇華できる日本映画界でも稀有な存在だと思う。

キャスティングは主人公に緒形直人、その妹に粟田麗という絶妙なふたり。

舞台は都電が走る昔ながらの街、そこに暮らす両親を亡くした二人の兄妹の物語。兄の健一は亡き父の代わりにと時には関白なまでに毅然と妹の面倒を見、一家を支える。しかしまた一方で妹の変化に傷つきもする繊細な男だ。妹の洋子も兄に父の面影を見ていると同時に家事の一切を取り仕切るなど兄の妻のようなスタンスでお互いがお互いを支えながら生活をしていた。健一は古本屋に勤め、洋子は高校卒業し、駅前の写真店でアルバイトをしている。商店街では客や店主同士が名前で呼び合い、時には醤油の貸し借りをするような昔ながらの付き合いの残る街でひっそりと暮らすふたりの絆に変化が訪れたのは、健一がつれてきた友人 真によってだった…

個々の日常風景がさりげなく切り取られふたりのエピソードが常にリアルに感じられる。私個人も非常に影響を受けた、ドキュメンタリー的な市井の人々の姿がこの作品でも巧みにインサートされそのリアリティと共にぐいぐい市川監督の世界観に引き込まれる。また映画全体の質感とも深く関わる冷奴の登場。やや近親相姦的な匂いを漂わせながらも全ては市川準独特のタッチで語られていく。この「東京兄妹」に於いてはもう完全に確立された市川準演出。フィクションとノンフィクションの今風に言えばマリアージュとでも言えるだろうか。


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by imao001 | 2008-11-15 13:20 | レビュー

映評:東京夜曲

今回は「東京夜曲」のご紹介。

舞台は東京の片隅にある上宿商店街。浮浪人のごとき主人公 浜中が地元の上宿商店街に戻って来たことから、穏やかに暮らしていた人々の感情にさざ波の様な変化が起こっていった…という物語。

お話としては淡々とした日常の中に登場人物それぞれの感情が絡み合い、しかしそれを日本人的な内へと感情を押し込め、それぞれがそれぞれの思いを自分なりに整理していくさまを淡々と描いている。ざっくりと言い表してしまうとそういうことなのだが、感心するのは、よくもまあこれほどまでの芸達者な俳優陣を見事に自分の映像世界へと押し込めることができるなぁということ。

市川演出の中には「ふとした仕草のなかにある意味深さ」みたいなものがいつも隠し味のようにこめられている。しかしそれはこれまで比較的若い思春期を迎えた女の子、もしくは成人間もない女性などの設定の登場人物に多用され、今回のようなベテラン俳優を起用するにはちょっと難しいと思っていたのだがいやはや感心するばかり。

今回の長塚京三、桃井かおり、倍賞美津子など、おそらくは本人たちの演技の型のようなものが出来上がっている俳優陣には、演出、俳優の魅力の引き出し方、コントロール術などは一筋縄ではいかない。普通の演出家ならばおそらくいままで積み上げてきた自信を喪失するだけの作品になってしまうこともあるであろう。ところがミリ単位の繊細な心理描写を、お年頃の男女のようにあっさり演出できてしまうところに市川監督の演出の力が感じられる。俳優自身の力量も実際そうなのだが、各人その演技の艶やかさを十二分に引き出されている。もし未見の方はリアルな熟年の恋愛を垣間見られるという意味でも是非お勧めする。

当初はサントリーのCMだったものを期待に答え市川監督が長編につむぎ上げた作品。

第21回 モントリオール映画祭で最優秀監督賞を受賞しています。
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by imao001 | 2008-11-15 00:14 | レビュー

映評:トニー滝谷

市川監督のレトロスペクティブ的なものが行われないものかと期待していたところ、池袋の新文芸坐で市川準監督の追悼オールナイトを上映していたので見に行ってきた。ラインナップの中にはあまり劇場にかかる事のない中期の番組も組み込まれていたので今回から4回連続でその映評を書いていきたいと思います。

ということでまず1本目はかなり野心的な2005年の作品 「トニー滝谷」 です。


幼い頃に母を亡くしたトニー滝谷。トロンボーン奏者の破天荒な父に育てられたトニーだったが本人はことさら孤独を感じることはなく、孤独と共生するかのように成長していった。成人したトニーはイラストレーターとしての職を得、個性とは無縁だが独特の正確緻密なタッチでイラストレーターとしての仕事を黙々とこなしていった。いつしかトニーは独立を果たしイラストレーターとしての自分の地位を築き、細々と、そして静かに暮らしていた。

そんなトニーのもとへ出版社の新人編集部員がやってくることから物語は大きく動き出す。これまで孤独を感じることもなく静かに過ごしてきたトニーの人生が一人の女性によって彩りを伴って動き始めた。
トニーはその編集部員 英子を強く意識するようになり、ほどなく二人は結婚する。
トニーにとって味わったことのない暖かな生活、幸せな時間。
しかしそんなトニーにはひとつだけ気になることがあった。
それは妻があまりにも多くの服を買いすぎることだった…


原作は村上春樹の同名の短編小説。「ノルウェイの森」が映画化されるというニュースが先日大きな話題となったが、村上春樹作品自体は余り映画化されることはない。ところがこの「トニー滝谷」は村上氏自身が快く映画化を承諾したとの報道があるので、村上氏自身も市川監督作品を見ていて評価していたのではないだろうか。また「ノルウェイの森」が市川監督と同じく静寂な映像、映像の質感を表現するのに巧みなヴェトナム系監督のトラン・アン・ユンに映画化されるのもただの偶然ではない様に思われる。いずれにせよ原作の作家からしても市川準監督の手による映像化、映画化というのは適任と映ったのだろう。

作品は孤独でありつづけたトニー滝谷の姿が市川監督特有の編集リズム、会話の心地よさによってゆったりと静かに描かれてゆく。この映画はかなり計算されたカット、台詞回し、展開で構成されていて西島秀俊の抑えた語りの間に登場人物たちは自身の状況や感情を台詞回しで描写していく不思議なスタイルをとっている(もしイメージが掴めなければ こちら をどうぞ)。
これまでの市川監督特有の映像詩的な実景・景観インサートを押さえ込みながら、同じ質感を持って市川節を表現する様は、まさに市川監督の職人技であり作家性といえる。
おそらくはじめはこの不思議な演出に戸惑いをすることもあるだろうが、気が付けばどっぷりつかっているまさに市川マジックである。

トニー滝谷の孤独、そして結婚を境に人生がふんわりとを豊かなものへと変わっていく過程を、変わらぬ天才的演技で表現してみせるイッセー尾形。
そして宮沢りえが素朴でいながら魅力的な何かをつねに身にまとっている小沼英子、そしてアルバイト女性の二役を、宮沢りえ独特の魅力でもって滲み出すように演じる。
(しかしこの映画の宮沢りえ美しさといったらスクリーンで見ているとのぼせそうなくらいである)
ふたりの暖かいまなざしや情感、そして孤独といった演技は市川監督の演出を後押しするかのように映画「トニー滝谷」の世界観を作り出している。

第57回 ロカルノ国際映画祭にて審査員特別賞などを受賞。

映画公式ページは こちら

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by imao001 | 2008-11-09 19:50 | レビュー