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by imao001

映評:東京兄妹

CM監督として不動の地位を築いていたことは言うまでもなく、「BU・SU」で監督デビューして以降もその独特の作風でCM同様、映画の評価も高かった市川準。しかしその市川監督の独特の作風が注目され始めたのは中期の東京を強く意識し描写し始めた頃の作品だったのではないかなと思う。このあたりの作品は「小津安二郎監督へのオマージュ」とか「小津安二郎監督への傾倒」などと言う人もいる。確かに小津映画に対する慕情、憧れのようなものがみられるものの市川監督はそういった具体的な映像表現ではオマージュを捧げるつもりはなかっただろう。映像のスタイルにも作品によってはスタティックなカメラ、ズームしない、パンしないなど映像上の共通点も多かったが、市川監督は小津監督のように禁欲的なまでに映像美学を優先したわけではなく、演出意図として最適なカメラ位置、動き、画角というものを考え、その上で俳優陣が最大限の豊かな演技をしてくれることを望んだのが市川監督のスタイルではないかと思う。実際、作風も作品によって変わることも多かったし、いわゆるジャンル映画的なものにも意欲的に取り組んでいった。そういった意味でやはり小津監督を敬愛していたとしても、映像表現で小津監督にオマージュを捧げるといった直接的な表現は行わなかったのではないかと思う。

そこでこの「東京兄妹」である。

この映画、小津安二郎監督へのオマージュというような言われ方もされはするが、乱暴にいうならば冷奴へのオマージュである。もっとはっきり言うならば思春期の少女から大人へと脱皮してゆくその危うい年頃の女性への賛歌である。このあたりはなぜゆえそう断言するのかは実際に見ていただくしかないのだが、じっくり本編を見終わると冷奴と思春期の女性の相関関係がなるほどと分かっていただけると思う。さて、この年代の女性を撮らせたら、市川準 > 大林宣彦 > 今関あきよし の順で(個人の勝手な位置付けです)微妙な美しさを映画で表現している人だと思うし、ともすれば“ロリコン”とザクッと直接的に言われてしまうものだけれども、ある意味“美しいものは美しい”と、とにかくこの世代の美しさを映画で昇華できる日本映画界でも稀有な存在だと思う。

キャスティングは主人公に緒形直人、その妹に粟田麗という絶妙なふたり。

舞台は都電が走る昔ながらの街、そこに暮らす両親を亡くした二人の兄妹の物語。兄の健一は亡き父の代わりにと時には関白なまでに毅然と妹の面倒を見、一家を支える。しかしまた一方で妹の変化に傷つきもする繊細な男だ。妹の洋子も兄に父の面影を見ていると同時に家事の一切を取り仕切るなど兄の妻のようなスタンスでお互いがお互いを支えながら生活をしていた。健一は古本屋に勤め、洋子は高校卒業し、駅前の写真店でアルバイトをしている。商店街では客や店主同士が名前で呼び合い、時には醤油の貸し借りをするような昔ながらの付き合いの残る街でひっそりと暮らすふたりの絆に変化が訪れたのは、健一がつれてきた友人 真によってだった…

個々の日常風景がさりげなく切り取られふたりのエピソードが常にリアルに感じられる。私個人も非常に影響を受けた、ドキュメンタリー的な市井の人々の姿がこの作品でも巧みにインサートされそのリアリティと共にぐいぐい市川監督の世界観に引き込まれる。また映画全体の質感とも深く関わる冷奴の登場。やや近親相姦的な匂いを漂わせながらも全ては市川準独特のタッチで語られていく。この「東京兄妹」に於いてはもう完全に確立された市川準演出。フィクションとノンフィクションの今風に言えばマリアージュとでも言えるだろうか。


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by imao001 | 2008-11-15 13:20 | レビュー